脱北帰国者問題の歴史と課題

「日本に最初の脱北帰国者が戻ってきたのは1996年のことでした。日本政府は、脱北 者の中で帰国者(1959年から1984年にかけて日本から北朝鮮に渡った9万3000人)とそ の子孫・配偶者に限って入国を認めています。日本人の場合は無条件の帰国を認め、 元在日コリアンの場合は「定住者」の在留資格を与えて適法に入国を認めています。 2007年6月の時点で、約130人の帰国者が脱北して日本に戻っています。北朝鮮から中 国へ出国し、日本国大使館や日本国総領事館に助けを求めてきた北朝鮮の現地住民に ついては、保護した後に韓国へ引き渡しています。脱北帰国者支援機構では、日本政 府が入国を認めた帰国者の定住支援を行っています。」


なぜ帰国者が戻ってきたのか

北朝鮮は世界最悪の人権蹂躙国ですが、特に日本からの帰国者に対して最も残虐な人権弾圧を行ってきました。 半世紀もの間、帰国者に対する壮絶な迫害と差別が続いているのです。北朝鮮は「地上の楽園」ではなく「地上の地獄」でした。 帰国者は51ある身分のうち48番目に位置づけられていて、「資本主義の害毒を持ち込む者」として日常的に監視されています。 進学、就職、結婚、住宅割り当て、医療、軍入隊、入党などの様々な分野でことごとく差別されます。多くの帰国者が理由もなく強制収容所に送られたり、 処刑されたりしました。しかも、一切の出国の自由がないので、この地獄から逃れるためには命がけの脱北以外に方法はありません。

祖国に帰った人が以前に住んでいた、その外国へリターンすることは極めて異常な出来事です。帰国した在日コリアンと日本人妻たちが 普通の人間の生活を送ることができて、日本との往来の自由が認められていれば、脱北して日本に戻ってくることなどは考えられません。 脱北帰国者問題の本質は、北朝鮮政府による帰国者に対する残酷極まる人権抑圧にあるのです。

帰った先が人間らしく生きることが許されない国であったからこそ、帰国者はみな、日本を故郷と思い、 日本に帰ることだけを念願して生き続けているのです。そして今、必死の思いで祖国を逃れ、日本に庇護を求めてくる人が絶えないわけです。 北朝鮮で体制崩壊など大きな混乱が起きて出国できる状況になれば、大挙して日本に帰ってくるでしょう。


なぜ帰国者を助けなければならないのか

国民の感情論として、日本人についてはともかくとして、なぜ元在日コリアンを助けなければならないのか、 という疑問があるかもしれません。日本政府はすでに130人を超える脱北帰国者の入国を許可しています。 日本は法治国家ですから、100人はいいが、1万人はだめだというような数の論理は通用しませんが、 今後受け入れの数が増えてきた場合、より一層国民の理解が必要になってきます。

「北朝鮮への帰国を決めた本人の責任が重い」と考える人がいることは事実です。 しかし、北朝鮮帰国者問題についての正確な知識が行き渡れば、必ず国民の理解を得ることができると思います。

「帰国した本人の責任が重い」という考え方が形成された経緯とはどのようなものでしょうか。 それには2つの要素が関係しています。1つ目は、北朝鮮への帰国を決定する上で十分に自己責任を果たせる状況ではなかった、 という事実があまり知られていないという点です。重大な決定を下す時に、判断材料となる正確で信頼できる情報がなければ責任を 持って判断することはできません。帰国を決めた人たちにとっては、最大限努力しても正確な情報を入手することは不可能でした。 入手できる情報は、北朝鮮によって捏造された偽情報だけで、日本のマスコミや専門家も偽の情報をそのまま流していました。 また、在日コリアンの95%以上が南朝鮮(韓国)にルーツを持ち、北朝鮮に親類縁者のいる人はほとんどいませんでした。こうした状況からも、 北朝鮮についての正確な情報を入手することは困難を極めました。北朝鮮への帰国は、実際のところ帰国ではなく「未知の土地への移住」であったのです。 帰国運動が行われた当時のこうした状況を知る人が少ないので、「帰国した本人の責任が重い」という誤解が生まれてしまったのです。

2つ目の要素は、「帰国運動は間違っていた」ということが明らかになった後も、そのことが封印されてきたという点です。 帰国運動の間違いが最初に指摘されたのは1962年のことで、元総連幹部の関貴星氏が本を出版して告発をしましたが、 総連の圧力によって封印されました。在日コリアンも、「人質」となっている家族の身を案じて声を上げることができませんでした。 日本のマスコミはすべて、資本主義の国よりも共産主義の国のほうがいいのだ、「地上の楽園」へ帰る民族大移動だなどと称賛し、 扇動したので、帰国運動が間違いであったと報道することができなかったのでしょう。

北朝鮮への帰国運動をすすめたことに関して、日本政府や日本のマスコミにも道義的な責任はあります。 しかし、祖国に絶望した帰国者が日本へ逆流してくるという前代未聞の悲劇をもたらしたことの全面的な責任は北朝鮮政府にあります。 最近発見された資料に基づく研究によると、9万3000人の帰国者は北朝鮮の金日成主席の指示に基づいて行われた 「壮大な拉致・監禁」の被害者であることが明らかになっています。そのような悲劇に見舞われた帰国者および家族は救済されるべき人たちなのです。

日本人も、北朝鮮帰国者の問題が日本人の問題であることを認識してほしいと思います。 40数年前に朝鮮人と結婚して北朝鮮に渡った日本人妻と、その子孫が一番むごい境遇にさらされているからです。

一例として、脱北帰国者から聞いた実話を紹介します。北朝鮮では自殺は犯罪行為とされていますが、 日本人の子として生まれたというだけで北朝鮮社会でひどい差別と迫害を受けた子どもから、 「お母さんはどうして日本人なの」と責められ、それを苦に自殺した日本人妻が何人もいたという話です。無事帰国した日本人妻の中には、 80近い高齢で病身なのに、生まれ故郷の日本の地で死ぬことだけを願って北朝鮮の河を渡り、戻ってきた人もいます。 そのような日本人が次々と帰ってきたときに、どのような態度で迎えるのか。日本人の真価が問われます。

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